私は、世界中を旅行したいので、せっせと勉強して給料の良い仕事についた。
皮肉なもので、給料が良くなればなるほど休みが取れなくなっていった。
生きがいの旅行ができないなら何のために働いているのかわからなくなり、47歳で会社を辞めた。
今は、暇はあるが、金がない状態だ。人生はうまくいかないものだ。
旅行のために働いていたのは良かったと思っている。
ただ仕事のために働くのは空しいと思う。
私のように「扶養家族がなく自分のためだけに生きればいい人間が何を言ってるんだ」
と、怒られそうだが。。
たまに、職場でうまくいかなくて自殺した、などのニュースを見て切なくなる。
あの世へ行く前に、後先考えず会社なんかすぐに辞めて、有り金を全部使って好きなことをして解放された気分を味わってみれば、結果は違っていたのではないか。
私も、20代の頃に職場でいじめや嫌がらせを受けたことがあった。
悩んで鬱病になり、会社に行きたくなくて1週間休んだ。
今だったら、ボコボコにやり返してやるのだが。
会社に行くのはあまりにつらいので、辞めた翌日に旅行へ出かけたら、鬱はどこかへ吹っ飛んでいった。
つくづく旅行が趣味で良かったと思う。
会社に行けば、つまらない仕事をして、たまにいじめや嫌がらせに会ってもお金を貯めれば、1年後の今頃はヨーロッパを旅行していると思えば、仕事はいくらでも我慢できた。
なぜなら、私にとって仕事はあくまでも旅費を貯める手段だから。
もし、仕事そのものが目的だったら、つらくてどうなっていたかわからない。
旅費のためとはいっても、いろいろある仕事の中では自分に合っていたので、
全くお金だけのため、ってわけでもなかったかもしれない。
でも、仕事が人生の中心ということは、一度もなかった。
悔しいのは、仕事が人生の中心ではないけど、働くのは嫌ではない。だって、お金が入ってくるんだから。
それに、働いていれば、ある程度の社会的立場が確立される。いろいろな書類に、職業を「無職」と記入するのは、いくら私でも最初の頃は情けなかったから。
もし日本がイギリスやドイツやフランスのように、年間の有休が1か月あって皆が当たり前に消化できて、夕方の5時には一斉に退社して、ワークバランスが保てる国ならば、私だって60歳まで働いていたはず。
そして、定年退職した今は、ある程度の年金額をもらい、悠々自適な生活を送っていたはずなのだ。
生まれてくる国を間違えたかな?