私は英語を勉強して話せることで、世界が格段に広がった人間です。
仕事では英語を使い、話せない人よりは良い給料をもらうことができた。
そして、世界中あちこち旅行して、いろんな人と知り合い、旅の途中で外国人と恋に落ちた。
世界感が広がり、日本の常識は世界の常識ではない、世界にはいろんな人がいて、いろいろな考えがあることを知った。
今は小学校から外国人ELTがいて、生の英語に触れることができるので、恵まれていると思う。
私の時代は、中学で初めて英語の教科書に出会った。発音が下手な英語教師が話す英語を聞かされた。下手でも話すならまだしで、文法を重視に勉強させられて高校まで過ごした。危うく英語が嫌いになりそうだった。
今のように小学生からネイティブスピーカーの英語を聞くことができたら、どんなに良かったかと思う。
今の小学生、中学生、高校生はネイティブスピーカーのELTがいるので生の英語を聞くことができて、どんなに恵まれているのか、わかって欲しい。
しかし、とは言っても、言語なので興味がなかったら、猫に小判、豚に真珠。
私のように、将来は世界旅行したいから英語を話せたい、と目標がなければ、
英語は無用なのだろう。
言葉は話す機会がないと、上達は難しい。
興味のない人に、必須科目だからと強制すると、ますます嫌いになるかもしれない。
私だって、フランス語は好きだけど、スペイン語は嫌だ。「オラ」より、「ボンジュール」が好きだもの。
そんな感じで、英語嫌いな人がいるのは理解できる。
あとは、教師が英語を話せると人生が広がりますよ、可能性が広がりますよ、と生徒に
教えてあげるしかないのではないか?
英語を話せると、外資系で勤務できて日本企業よりは給料が良い、海外旅行に行った時に現地で舐められたりぼったくられない、いろんな国籍の人と友達になれる、海外で働くことができる、など。
でも、問題は教師自身がそのような多様的な人生模様を知っているかどうか。
教師自身が英語が持つパワーを理解し、メリットを理解しているか?
そう考えると、教師の果たす役割は大きいですね。若い学生の人生を左右するかもしれないのだから。
若者よ、もし英語を勉強するのが嫌でなければ、頑張って勉強して。
絶対、世界が広がるから。